永田 裕志 | コラソンVERSUS |通販ショップの駿河屋


プロレスラー永田裕志インタビュー

アパレル、劇団、スポーツイベント、音楽イベントと様々な分野で「楽しいこと」「面白いこと」を テーマに手掛けまくってる、めくるめくワンダーランド状態の「CORAZÓN」(コラソン)が 今!注目すべき各界の強豪たちと駿河屋と言う名のリングで熱いバトルを繰り広げる新プロジェクト!
その名もコラソンVERSUS(バーサス)!!!!
記念すべき第1回目のゲストは、今夏、最後のG1に挑む新日本プロレス「永田裕志」選手!!
漢ならだれもが憧れる白目の神様とコラソン代表、植田朝日がまずはお互いの出会いや歴代の名勝負について語り合う!

インタビュー: 植田朝日(コラソン) 撮影:ヤナガワゴーッ!

2002年のファーストコンタクト

永田裕志

朝日 「はい!ということで駿河屋×コラソン連動企画第一弾『コラソンVERSUS』のめでたき一回目のゲストはこの方にきていただきました!自己紹介お願いします。」

永田 「新日本プロレスの永田裕志です。よろしくお願いします。」

朝日 「よろしくお願いしますゼァ!」

永田 「ゼァ!!」

朝日 「永田さんと出会って意外と長いですよね。」

永田 「出会ったのが15年くらい前で、一緒に色々とやるようになったのが10年前くらいじゃないですか?」

朝日 「一番最初に会ったのはワールドカップの前くらいですよね。」

永田 「そう。2002年ですね。」

朝日 「ちょうど永田さんが新日本プロレスのIWGPのチャンピオンで、日本代表のユニフォームを着ながら新聞を読むって朝日新聞のCMに出ていましたよね。」

永田 「そうそう。僕が技をかけてて、技をかけながら新聞を読むって言うね。ギブアップって言ってるレフリーも新聞読んでいて、技をかけられている相手も新聞を読んでいるってね。」

朝日 「僕はプロレスファンでありながらサッカーファンだから、『おお!永田裕志だ!』ってはじめて出会った時に思って。サッカーのキーワードで永田さんに『CMやってますよね!サッカー好きなんですか!?』って言ったら永田さんに『いや、全然』って言われて・・・」

永田 「全然って言ったっけ・・・」

朝日 「すっごい感じ悪い人だなと思ったんですよ(笑)」

永田 「(笑)」

朝日 「で、その後『Tシャツデザインしてくれませんか?』っていう風に再会したんですよね。」

永田 「そうそう」

朝日 「その時けっこう言いたいこと言って・・・」

永田 「言いたいことはっきり面と向かって言ってくれるから『あ!そうだったのか!』と結構俺的には、割とフラットに聞けてたんだよね。」

朝日 「悪い意味じゃなくて、永田さんが僕に一番最初オーダーしてきたのが私服でも着れるような格好いいTシャツ、どちらかと言うとロックテイストなことを言ってきたんですよね。」

永田 「あ~」

朝日 「その時『永田さ~ん、永田さんの格好良さはダサカッコよさですから、格好良くないTシャツ作ったほうがいいですよ。』とか失礼なこと言ってね。むかついたでしょ?」

永田 「いやいや!むかつくより割とあの時は素直に聞いてました(笑)冗談抜きでほんとに。あんなにストレートに言ってくれる人あんまりいないんで。逆に新鮮だったよね。」

朝日 「永田さんが、いま街ではドクロのTシャツ流行っているじゃない?って言って、スカルのことドクロって言われた瞬間に絶対ストレートに作っちゃいけないと思ったんですよ。(笑)それで一緒に作らせて貰ったのが『NAGATA ROCK?』。」

永田 「そうそう。本当はLOCKなんだけどあえてRにしてね。」

朝日 「ロック(LOCK)するロック、LのLOCKを『ロックンロール(Rock 'n' Roll)する?』みたいなちょっとふざけた感じでRにしてね。最後に『?』つけて。」

永田 「うまいなと。細かいことだけどね。」

朝日 「ふざけてるし、こいつの言っているダサカッコよさってこう言うことなのかって一番最初で感じたんじゃないですか?」

永田 「それをあえて考えてやっている、Rにした意味合いをその時に説明してくれて。なるほどねって。細かいとこだけどしっかり考えてくれてるんだなと思いました。」

朝日 「イメージ的にはナガタロックって言う必殺技なんだけど、ちょっとロックンロールする?とか。しかもロックンロールと言う言葉がロックするってダサカッコよかったから、永田さんにしっくりくるぞと思って。失礼な話(笑)」

永田 「うんうん」

朝日 「で、一緒に作戦考えたんですよね。その時ちょうどWWEのスーパースターのカート・アングルが日本に来るということでね。」

永田 「そう。カートと組んでジャイアント・バーナードとトラヴィス・トムコのコンビと試合することになって。カートを空港に迎えに行った時にTシャツをプレゼントしてね。」

朝日 「そうそう」

永田 「着てくれたんですよね。」

朝日 「両国でしたっけ?」

永田 「そうそうそう。そうなんですよ。」

朝日 「ファンも永田さんを求めている感じだったし、しかもその時にドカンと一発やりましょうよってなってね。両国で永田って書いてあるボードをいっぱい配ってね。」

永田 「ボードね!」

朝日 「それを見たカート・アングルが、WWEのカリスマがね、『永田は本物のカリスマだった』ってコメントしてね。カートもあのTシャツ着てくれたから、アメプロファンもみんなTシャツ買ってくれてね。」

永田 「結構売れましたよねあの両国で。いまよりは全然お客さん入ってない時期だったけど、それでもノリが凄かったのを覚えてますね。負けないノリを出してくれましたよね。」

永田裕志

NAGATA ROCK? Tシャツ

永田選手、第二次黄金時代の幕開け

永田裕志

朝日 「IWGPを10回防衛した時期が永田さんの第一次黄金時代だとしたら、あれが第二次黄金時代のスタートですよね。」

永田 「あ、そうかも知れないですね。」

朝日 「キーポイントとなるのがちょうどNAGATA ROCK? Tシャツと一緒に始まった感じでしたよね。」

永田 「そうでしたよね。」

朝日 「ちょうどあの時って棚橋(棚橋弘至選手)が急に人気が出てきてて、女の子がキャーキャー言い出してるけど、男はまだみんなは認めたくないみたいな時期だったから。女は棚橋、男だったら永田裕志だろうみたいなね。」

永田 「実際そういう感じの声援だったですよね。心強かったですよ。俺まだこんなに支持されてたんだって結構自信になってね。」

朝日 「あれももう10年くらい前の話ですよね。」

永田 「10年前ですね。2007年。それで2月にカート・アングルと一緒にこのTシャツ着て戦って、4月にタイトル挑戦したんですよね。NEW JAPAN CUPに優勝して。」

朝日 「NEW JAPAN CUP優勝した時にって今、軽く流しましたけど、NEW JAPAN CUP、永田さんが優勝したことも凄いことじゃないですか。」

永田 「まあそうですね。」

朝日 「それでタイトル挑戦まで行って。真壁(真壁刀義選手)と凄い死闘で優勝して、その時にもあのTシャツと共にでしたね。」

永田 「ああ、そうですねえ。」

朝日 「そんで棚橋に挑戦することになった時に、覚えてます?何か変わったこと・・・」

永田 「ああ!プリントの色だけ変えたんだよね。ゴールドに。」

朝日 「そう、ゴールド!優勝したからゴールドのプリントのTシャツ。」

永田 「そうなんですよね。」

朝日 「そういうのってそれまでプロレス界になかったですよね。優勝したからゴールドに変えるって。サッカーとかだと優勝したチームだけワッペンがゴールドに変わるとかあるんですよ。そういうのをプロレス界に持ち込みたくて。」

永田 「なるほど。そうですよね。あの時、入場する時にゴールドで。非売品ですもんね。」

朝日 「あの時解説も『永田裕志がゴールドのTシャツだ~』って確か言ってくれてるんですよね。あれ売ってなかったでしたっけ?」

永田 「売ってない。」

朝日 「じゃあ今回限定で売りましょうか。」

永田 「面白い!いいですね~!」

朝日 「そういうのありかなしか分からないですけど、永田さんがあのタイトルマッチのチャンピオン取った日の、日付入りのサイン入りTシャツ売りましょうよ。」

永田 「日付覚えてる。2007年4月13日。もうこれは絶対に忘れない。」

朝日 「永田さんにとっても特別な日だし、これも限定でできたら。お願いします!」

永田裕志

NAGATA ROCK?(GOLD) Tシャツ

コラソン×永田裕志のTシャツ「ZERO」に籠められた思いとは・・・

永田裕志

朝日 「いま見るだけで15種類。いままで20弱くらい作ってると思うんですよね。」

永田 「結構作ってますよね。」

朝日 「コラソン×永田裕志のTシャツで思い出のTシャツって他にあります?」

永田 「けっこうありますよ。」

朝日 「これ評判良かったな、売れたなって一番思うのはどれですか?」

永田 「売れたのは・・・これ売れた記憶があるんでよねZERO。NAGATA ZERO Tシャツ。」

朝日 「これ何年前ですか?」

永田 「2年くらい前ですね。」

朝日 「これNAGATA ZEROって書いてあって。デザイン的には永田さんのTシャツなんだけど、むしろ新日本プロレスのライオンのロゴがドカンと描いてあって『WINNER』って書いてあるんですよね。これ何のWINNERでしたっけ?」

永田 「これは東京ドームのNEW JAPAN RAMBOって言う第0試合の。時間差のバトルロイヤルのですね。それ勝って中邑(中邑真輔選手)に挑戦したの覚えてます。」

朝日 「僕ね。これ凄く思ったのはね。NEW JAPAN RAMBOの優勝したあとに作ったじゃないですか。第0試合の。こんなことここで言っていいのか分からないけど永田さん、若干荒れてたでしょう?」

永田 「うん。荒れてた。」

朝日 「そうでしょう?」

永田 「ほんと(笑)」

朝日 「それまでだって新日本プロレスのメイン、東京ドームのメインずっと張ってきてたり。一番、東京ドームの1.4の名勝負といえば、『名勝負メーカー』みたいな感じだったのに、1試合めから最後の試合まで本ちゃんの試合外されて。」

永田 「そうなんですよ。」

朝日 「第0試合って言うみんなで出て来るレジェンド枠みたいのに回されちゃって。」

永田 「そうなんですよ。レジェンド枠って言うのも後付けみたいな感じでね。結局あまった人間のバトルロイヤルですよね。」

朝日 「俺も言葉選んで言ったつもりだったんだけど(笑)」

永田 「(笑)」

朝日 「実際そうじゃないですか。試合にあぶれちゃった感じになって荒れてて。俺、その時永田さんと飲みながら『これ第0試合で優勝すればいいんじゃないですか?』みたいなこと言って。ほんとに優勝してね。1月4日の次の日に今年の一年間のストーリー決まるみたいなメインイベントがあってね。」

永田 「あれ、メインだったっけ。」

朝日 「そう、メインですよ。」

永田 「メインだったんだ。」

朝日 「しかも、本当だったらチャンピオンがイベント締めなきゃいけないのに、会場が永田コールになっちゃって。新年早々一発目の興行で永田さんがマイク持って締めることになってね。挑戦表明したんですよね。」

永田 「あ~そうか・・・。そうでしたっけ・・・。」

朝日 「なんで自分のこと俺の方がくわしいの。俺永田さんの彼女じゃないんだから!」

永田 「メインだったかどうか定かじゃなくて(笑) まあ、それだけ余裕なかったんでしょうね。その時ね。」

朝日 「それまでずっと余裕があったり、ミスターIWGPって呼ばれてたりしたのに。あの時ちょっとそういう感じがして。勝ったあと永田さんと飲んで、『これ第0試合を逆にストーリーとか、ポジティブに考えたほうが面白いですよ』って。」

永田 「あ~」

朝日 「ちょっとはじめ嫌がってましたよね。」

永田 「いや~・・・第0試合ってほんと25年プロレスやってる中で、ほんと強烈なものでしたよ・・・。」

朝日 「もう屈辱でしたよね。逆に俺はそれをパワーにしましょうよって言ってね。その第0試合をZEROってTシャツにして、優勝したぞって言うWINNERみたいなの入れてって、逆手にとりましょうよってね。」

永田 「そうですよね~。このTシャツは結構売れたのを覚えてますね。中邑のインターコンチネンタルに挑戦した後も売れてましたね。これ評判良かったですよね。」

永田裕志

NAGATA ZERO Tシャツ

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永田 裕志(プロレスラー)

プロフィール紹介

大学時代、アマチュア・レスリングに励み、92年3月に新日本プロレスへ入門。
松江市総合体育館における山本広吉(現:天山広吉)戦でデビュー。
2001年8月、G1初優勝を果たす。
2002年4月、第31代IWGPヘビー級王座に輝き、その後強豪を相手に、歴代最多防衛記録V10を達成。
2007年4月、王者棚橋を下して第46代IWGP王者となる。
2017年のG1クライマックスを最後のG1になると宣言し、すべてをぶつけて栄冠を勝ち取りにいきますと宣言。

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